~エンジニアリングと最適化~
エンジニアリング会社、総合商社、銀行、そして現職のアドバイザリー稼業、というように会社や業界は異なるものの、エネルギー及びインフラに関連する「プロジェクト」に一貫として従事してきた。そして、この30年超のキャリアは、「最適化」を目指して「ドタバタと走り回る」日々の繰り返しであった。
エネルギーやインフラ関連の設備投資プロジェクトは、複数の機器・装置・工作物等から構成されるシステムが対象である。これらプロジェクトのエンジニアリングとは、システムの最適化を目指すものであるが、具体的には、 (1)仕様・性能の最適化、(2)コストの最適化、(3)スケジュールの最適化等々である。ここでいう最適化とは、純粋に工学上のそれのみならず、案件毎に異なる客先の要求事項、ファイナンスが当該プロジェクトに求める制限事項、当該国の法制度からくる規制、当該国の政治経済的な条件等を勘案しながら、あらゆるレベルでの最適化が必要であり、最終的には、これらを契約書という形で具現化することになる(この具現化のプロセスがドキュメンテーション。)。
エネルギー・インフラ関連プロジェクトに係る契約は、「元請・下請を軸とする垂直的契約関係、コンソーシアム/ジョイント・ベンチャーを軸とする水平的契約関係、プロジェクトの資金調達を目的とするファイナンス契約等の支援的契約関係など、プロジェクトの創出・発注・遂行に係る諸契約を広く包含」(高柳一男編『国際プロジェクト契約ハンドブック』 有斐閣 昭和62年 p.4)することになることから、物品の売買契約に比べて複雑な契約構造をとり、プロジェクトの立案から完成に至るまでの時間の要素が強く、更にプロジェクト関係者の企業文化(海外であれば、その国の法意識、政治、文化)の影響を受けやすい。私自身も案件毎によって異なるその複雑な関係に右往左往してきたが、この右往左往こそが、今や自分の貴重な財産になっている。

~バランスシートを通して~
又、エネルギー・インフラ関連プロジェクトは、バランスシート(貸借対照表)を通して理解することも重要である。ここでいうバランスシートとは、協議の会計上のそれというよりは、すなわち、
・ バランスシートの左側に属するアセット又は事業に係る評価・デューディリジェンスリジェンスを意識したアプローチ(土地契約、製品販売契約、EPC契約、OM契約等の契約評価や契約条件策定も含む。)
・ バランスシートの右側に属する資金調達サイドのニーズを意識したアプローチ(Debt調達およびEquity調達に係るリスク分析およびリスク緩和策の立案、Financial Modelの構築、ファイナンス契約の検討及び交渉等。)
ということである。
~他者理解とコミュニケーション能力~
このバランスシートの左側と右側には、数多くの関係者・関係機関が登場し、それぞれが自身の利害を求めて、時には衝突し、又プロジェクトの実現という共通の目的に向けて協力し合う。このような紆余曲折を経てようやく実現に至る(もしくは残念ながら実現しないケースもある。)。異なる利害を持ち、(海外案件であれば民族・思想・宗教など文化的な)背景も異なる人々が織りなす複雑な網の目の中での業務になる。ファイナンスに係る知識、EPCに係るノウハウ等の技術論以上に、その難しさを痛感させられるのは、こういった人と人とのコミュニケーションである。自分が携わってきた業務が、「自分とは異なる文化・民族が有する『多様性』に如何に接することができるか、『他者』を如何に理解できるか」という文化人類学が扱う領域に極めて近い課題を有していることに気付かされるとともに、「あらゆるコミュニケーションは如何に相手を理解できるかに尽きる」という命題の難しさをいつも考えさせられる毎日である(そして、このテーマは私にとっては今後も大きな課題であり続けるであろう。)。
社外的には、顧客はもとより、協力企業としてメーカー・商社・金融機関(場合によっては、相手国の官庁)、社内的には各担当部、というように、それぞれの利害をコーディネートしながら、ディール・クローズを目指して自分の職務に従事してきたが、このコーディネーション能力こそがプロジェクトの実現において重要である。そして、うまくコーディネーションするために必要なのが、(それが日本国内案件であったとしても)異文化コミュニケーションの障壁を乗り越えて「他者」を理解しようと努力すること...自身の数多くの失敗を通しても、そのように確信している。
~狭間(際)をドタバタと~
これまでの実務経験を通して自身の血肉になったものがあるとすれば、それは「業際」、「学際」、「国際」、そして「人と人とがせめぎあう場」を走ることができるようになった、そんなことかもしれない。それは決して颯爽とした美しい走りばかりではなく、色んな「際=狭間」でドタバタと足音を立てて右往左往していることも多かったと思う。そうであったとしても、プロジェクトの実現に向かってこれからも走り続けたいし、走り続けるフィールドとしての「プロジェクト」に魅力を感じている。